世の中を見る、自分の目の解像度を上げていきたい

2021年4月に新卒でソーシャルスクエアを運営するNPO法人ソーシャルデザインワークスへ入職した山崎美波。
学生時代には国内外を問わずさまざまな社会課題に対して支援活動を行っていました。現在はソーシャルスクエア郡山店の就労支援員として活躍する山崎が「世の中を見る、自分の目の解像度を上げていきたい」と語る理由とは?

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山崎美波(やまざき・みなみ)

SOCIALSQUARE 郡山店 スクエアクルー

ソーシャルスクエアという地域に開かれた現場で障害福祉に関わるクルーは、どのような問題意識を持ち、どのような理想を掲げて支援を行っているのか。その声をインタビュー記事で紹介していく「Crew’s Voice」のコーナーです。

2021年4月に新卒でソーシャルスクエアを運営するNPO法人ソーシャルデザインワークス(以下:SDWs)へ入職した山崎美波。
学生時代には海外で難民支援やフェミニズムを学び、国内でもBIGISSUEでのアルバイトをきっかけにホームレス支援を行うなど、さまざまな社会課題に対して活動を行っていました。現在はソーシャルスクエア郡山店の就労支援員として活躍する山崎が「世の中を見る、自分の目の解像度を上げていきたい」と語る理由とは?

自分は「楽観的な厭世家」

入社から、ちょうど8ヶ月ぐらいですね。最初は研修で色々な店舗で支援を行いました。その後、10月から、今勤務しているソーシャルスクエア郡山店の立ち上げ業務と就労移行支援の支援員として勤務をしています。学生の頃に所属していたボランティア団体の先輩に「山崎は楽観的な厭世家だよね」と言われたことが、自分の性格を鋭く表現してくれています。確かに、基本的に世界の見方がネガティブというのが基盤にはあるんですが、それに落ち込んで囚われるのではなくて開き直ってどうしたらいいか考えられる性格だと思っています。

見て、感じた世界

元々すごく海外志向というか日本の外に関心ごとがありました。高校の時の部活の顧問の先生が青年海外協力隊の経験をされていた先生だったので、だんだん世界の社会課題みたいなものに意識が向いていきました。いろんな世界を見たいという思いがあって、進路の相談をした時に「あなたはそっちに行ったほうがいいよ」と後押しされて、その国や地域での困りごとを国際協力という形で支援するという方向に進路を取りました。

世界について目を向けていく中で、紛争や搾取や貧困だったり、いま自分はたまたま幸せだけど、いろんな社会課題を知ってしまったら「何も知らないまま“自分は幸せ“で良いのかな?」という罪悪感みたいなものを感じるようになってしまいました。例えば「安い!」と思って自分がお得に買ったものも、もしかしたら強制労働とか搾取とか、生産側にとってフェアじゃない値段の貿易で成り立っているのかもしれない…自分が知らないところで誰かが犠牲になっているかも、と思うと「本当にそれでいいのかな…?」って怖くなってしまって。高校の頃にそういう、価値観が変わるような出会いがたくさんありました。

大学の専攻は、貧困や格差などの社会課題を国際協力で解決するための勉強や活動ができるところを選びました。

夏休みや春休みにはフィピンのセブ島というところで貧困層への調査や支援のプランニングなどを行いました。自宅を訪問して、困りごとや悩みを聞きながら自分たちがどんなことができるか考えるという内容のプロジェクトで、最初はほとんど心を開いてもらえず居留守を使われたり、無視されたりもありました。説明のパンフレットを受け取ってもらえるのはまだ良いほうという感じでしたね。

すごく勘違いしていた部分があるなと思ったのは、何か困っている人がいて、外からサポートしますよという形で入っていけば、すぐに受け入れてもらえると思い込んでいたんです。でも現地に行って、全然違いました。なんで気がつかなかったのかなと思うんですが、逆の立場だったら私も同じことをする。突然外国人がやってきて「皆さんの話聞きたいんですけど、何か困ってませんか?」って言われても、怪しいですよね。その見落としは「何か自分たちが支援するんだ!」みたいな想いしかなかったからだな、と。驕っていたと思います。

その後、団体のみんなで話あって「まずは関係構築をするところからはじめよう」という方針になったんですね。子どもが多い地域だったので、子どもたちが安心して遊べるような場作りをしたり、一緒にゴミ拾いをしたり、日本の「おにぎり」をテーマにしたパーティーをやったりしたんです。まずは子どもたちが打ち解けてくれて、次にその親御さん、そこから広がってその地域のみなさんと信頼関係を作ることができました。いきなり困りごとを聞きにいくのではなく、信頼関係が築けて、その上でやっと「困っていることがあるんだけど…」と相談してもらえる。最後は本当に仲良くなって、良い人間関係が作れたんじゃないかと思います。

フィリピンでの活動の様子

その後はゼミの研修で、ヨルダンに行きました。シリア難民の支援をしている方と一緒に行動して実態調査などに行きました。中東というと危険なイメージがあるかもしれませんが、私が渡航した時はすごくウェルカムな雰囲気で、バスや電車で困っていると声かけをしてくれたり、物珍しいからかあちこちで「Welcome to jordan!」と声をかけてもらいました。活動の中で難民の方にインタビューをする機会があったんですけど、事前にどんな質問するかは考えていて、できるだけ辛いことを思い出させないようにと思って質問を用意していきました。最初に「シリアはどんな国なんですか?」と質問をしたんですけど、その方の故郷での思い出や記憶を思い出させてしまって、涙を流させてしまったんです。気をつけていたつもりが全然ダメで。私は目の前のこの人に何をしてあげられるわけでもないのに、傷をえぐって情報だけ、話だけ聞かせてくださいみたいな行為になってしまって、その苦い気持ちとその方の顔が、今でも焼きついています。

質問でミスした!という思いだけじゃなくて、この研修での行動や構造自体が「自分たちは何をやっているんだろう、何をしに来たんだろう」っていう気持ちになってしまって。とにかくそこまでさせてお話を聞かせてもらったからには、何か形にしなくちゃ!という気持ちでジン(自主制作の冊子)を作成したんです。できたものを配布して、遠い中東圏の話が日本で少しでも知ってもらえるように作りました。
ヨルダンで仲間と活動中の山崎(右)
制作し配布したジン(自主制作の冊子)

学部も国を超えて、フェミニズムやジェンダーを学びに行った

大学の途中で9ヶ月ぐらいフランスに留学していました。社会課題に目を向けていると、だんだん自分の関心がフェミニズムやジェンダーに寄っていきました。今でも自分のプロフィールには「フェミニスト」と記載しています。日本とは違って、フェミニズムやジェンダー分野の先進国であるフランスではどういう議論が行われているのか、どんな考えを持っている人がいるのか体感したくなったんです。

きっかけは明確ではないんですけど、高校の頃までに自分の中に作り上げられていた「女子」「男子」みたいな、性別に関わる先入観を「知らないうちに」「いつのまにか」持たされていたなと気づいたのがきっかけだと思います。例えば、男子の部活が「女子」マネージャーを募集するのとか、女の体毛だけがムダ毛と呼ばれることとか、学級委員長が男子で副委員長が女子という暗黙の了解があったこととか、普通に受け入れてきたけど「ん?」という引っ掛かりが生まれた。そういう感じ。フィリピンへ行った時も「女性だけでは行動しないように」と注意喚起されたりと、「女性」というだけで活動が制約される部分がありました。いろんな窮屈を感じて、よりフェミニズムやジェンダーを学びたいと思うようになりましたね。それで思い切ってフランスへ行きました。

フェミニズムについて日本では男性と話せる機会が、あまりありませんでした。盛り上がらない、関心を感じないと言うか。女性同士で共感しながら話すことはありましたが、私の周りにいた異性とはほとんど話せた記憶がありませんでした。フランスだと、たまたまクラスで一緒になった男性とフェミニズムについてお互いの考えを話すことができるんです。バーに飲みに行っても、そこで政治やフェミニズムの話が話題の1つとして話せる。こういう風に自分たちの生きている社会についてフラットに話し合える場があるのって、すごくいいなと思ったんです。

フランス留学中の山崎(右奥)

自分の国にも、困っている人たちがいる

大学時代をいろんな国に行って、いろんな経験をすることができて「さて、就職活動だ」となった時に、最初は社会課題やそれにまつわる取り組みを伝えるメディア関係の仕事に就職したいなと思っていました。結果的にSDWsに入社するわけですが、その時点では「福祉」というものが自分の選択肢の中になかったように思います。

福祉を意識し始めたきっかけが、ホームレスの支援をしているBIGISSUE(ビッグイシュー)という団体でアルバイトを始めたことでした。BIGISSUEは雑誌販売をホームレスの方にやってもらい、その方の自立した生活をサポートするという支援を行っている団体です。金銭的な支援の他にも、生活面で困っている時に夜中でもすぐ駆けつけるようなサポートをしていました。私はホームレスの方々への声かけや販売する雑誌の仕入れ対応などのお仕事をしていたんですが、間近で福祉的な関わりをしている先輩たちを見て「かっこいいな」と思ったんです。今まで海外の社会課題にばかり目がいっていたけど、自分が生まれ育った国にも社会課題はあって、それがちゃんと見えてきた感じがしました。

そこから漠然とですが福祉に目が向いて、現場で人や社会と向き合う仕事がしたいと思うようになりました。SDWsを選んだのはシンプルに理念やビジョンへ共感したというのもあるんですが、ホームレスの方々と接していると障害とホームレス、生活困窮みたいなところが自分の中で「繋がっているんだろうな」と思っていて、自分がいままでよく知らなかった「障害福祉」という分野をちゃんと知りたいなと思ったのが理由だと思います。

メディアへの就職を志していた時は、マクロの視点で広く漠然とした「社会」みたいなものにアプローチしていくようなイメージを持っていたんですけど、実際にSDWsに入社してみて、対「個人」で顔が見える状態で支援をしていける。その人の生きづらさを丁寧に感じ取って、どうやったらその障壁が少なくなるか一緒に伴走する。でも、広く社会にアプローチできないわけではなくて、例えばメンバー(利用者)さんの就職をサポートできたら、就職先の企業の人にも障害について考えてもらうきっかけにもなるし、両方の要素があるんだなという気持ちで働いています。まだまだ支援の経験も浅いですし不安や戸惑いもあるんですが、自分が関わったメンバーさんが、どんな風に変わっていくんだろうって楽しみにしています。今までは社会という大きなものを見ていたけど、社会は個人や地域の集合体だから、ちゃんとそれに向き合えている感じ。充実していて「がんばろう」と前向きな気持ちで働けています。

今年の10月に郡山に赴任してから、まちづくり活動をしている方々と接点を持ってネットワークづくりをしてみています。運転にも慣れてきたので、少し遠出して須賀川(隣の市)までいって、まちづくりマルシェのボランティアをさせてもらったり。郡山店をもっとたくさんの人にも知ってもらいたいし、他の拠点でやっているような「ごちゃまぜイベント」もやっていきたい。SDWsに入社してから、やりたいことがたくさんあって。まずはプロの支援員として自信を持ってメンバーさんを就職、就職の定着までつなげていけるようにしたいなと思っています。ここは障害福祉の専門的な知識をつけたり、先輩たちの支援を参考にしたり、地道に力をつけていきたいなと思っている部分です。

就労支援の支援員として面談を行う山崎

世の中を見る、自分の目の解像度を上げていきたい

どうしてこんな風に色々な社会課題に関心を持つようになったのか、周辺にそういう活動をしていた人がいたとか環境的な要因ももちろんなんですけど、ベースには「こんな社会で生きていきたくない」というネガティブな気持ちがあるんだと思います。

私は就活を始めるのにすごく時間がかかってしまって、それは自分の将来を考えた時に、生きるためには働かないといけないのにいわゆる日本の人権意識の低さとか、構造的な社会の歪みと自分の加害性とか、女性であることによる生きづらさ・息苦しさとか、この社会で働いて生きていくのは全部が「しんどすぎるな」と思ってしまったんです。

そういう、息苦しさみたいなものが社会課題に対する活動を自分の中心におくようになった一番の理由かもしれません。そういう嫌な面しか見えない状況から、逆に開き直って「社会は変えられる」と思わないとやってられなかった。自分の人生も限られているし、時間はかかるかもしれないけど、社会が変わってきた歴史的事実もある。自分自身もいろいろな勉強をして意識を変えられた。そういう「社会は変えられる」感覚を少しでも持てるなら、そっちを向いて行こうと思ったんです。そこからはなんだか吹っ切れた感じがあって、自分の厭世家的な、ネガティブな世界の見方とかも全部許そうと思えました。

実はSDWsに入社して、すごく息がしやすくなったなと思っています。「日本社会」は息苦しいものだと思っていたけれど、視野が狭かったなと思い直しています。日本にもこんな風に生きやすくて働きやすいところもあったんだなと。郡山店に赴任するまで、ソーシャルスクエアいわき店スポーツ店と研修を行なってきて、どの店舗も一緒に働いているクルー(支援員)同士が、尊重し合うことができている空気があって、ここでなら心穏やかに働いていけるのかもしれないと思えて。息のしやすさは環境次第なんだなと思っています。

いろいろ経験や勉強をしていく中でも「これが絶対に正しい」という考えに凝り固まらずに、ゆらぎながら自分の考えをアップデートできる人でいたいなと思っています。何歳になっても、いろんな方の話や価値観をフラットに受け入れられて、今まで勉強や活動をしてきたジェンダーや貧困、社会課題全般に対してもっと広くアンテナを立てておけると良いなと。もっと「世の中を見る自分の目の解像度を上げて」いきたい。今は自分の職場を起点に見えている世界や社会のことをもっとよく知りたいと思っていて、なんでもやりたい!と思うのはその気持ちから来ているのかもしれません。

少し先の未来には「こんな社会で生きていきたくない」と思う人が「もうちょっと生きてみてもいいかな」と思えるようになっているといいなと思います。 

PROFILE
山崎 美波
山崎 美波

山崎美波(やまざき・みなみ)
SOCIALSQUARE 郡山店 スクエアクルー

1997年生まれ。静岡県出身。埼玉大学教養学部グローバルガバナンス専修国際開発学専攻卒業。フェミニスト。アライ。
ホームレス支援を行うBIGISSUEでのアルバイトをきっかけに福祉の仕事を志す。2021年4月よりソーシャルデザインワークス入職。

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