拡張福祉論1「福祉は常に外へと広がっていく」
ソーシャルデザインワークス代表の北山剛による論考「拡張福祉論」。初回は「常に外に広がる福祉」をテーマに、ソーシャルデザインワークスのこれまでを振り返りながら、拡張福祉のエッセンスを紹介していきます。
ソーシャルデザインワークス代表の北山剛による論考「拡張福祉論」。「ごちゃまぜ」の理念に辿り着いた北山の頭の中にある言葉をテキストにし、シリーズ化して連載していきます。初回は「常に外に広がる福祉」をテーマに、ソーシャルデザインワークスのこれまでを振り返りながら、拡張福祉のエッセンスを紹介していきます。
拡張福祉論1
福祉は常に外へと広がっていく
ソーシャルスクエアいわき店が開店した4年前と現在の2018年では、「障害」を取り巻く環境が大きく変わってきている。現在赴任しているペルーでもNHKの番組を見るが、ごくごく普通に発達障害の特集をやっていたり、朝のニュース番組などで障害のある子たちが頻繁に取り上げられたりしているのをよく目にする。しかも、面白おかしく障害を取り上げたり、アニメチックに放送してみたりと、より伝わりやすく工夫された番組が多くなっているのだ。これは数年前には見られなかったことだ。障害はもともとアンタッチャブルなものだった。しかし、今や触れてもいいんだという空気になっている。それだけでなく「真面目に不真面目をやってみる」という感じで制作されているのが興味深い。いわゆる「意識高い系」に対してだけではなく、むしろ意識の高低なんか関係ないじゃん、というスタイルでの発信が始まってきたのだ。以前に比べ、障害というテーマが社会や地域のなかに浸透してきた、ということだと思う。日本から離れているからこそ余計にそう感じるのかもしれないが。
ぼくの娘の反応も興味深い。真面目に発達障害を取り上げたり、学者が専門的に詳しく説明している番組よりも、ちょっとしたアニメーションを使って面白おかしくやっている番組のほうが興味を持ってくれるのだ。先日、発達障害のケースを紹介する短編アニメが繰り返し放送されていたのだが、いつの間にか興味が出てきたようで、「パパ、普通ってなんなの?」なんて聞いてくるようになった。これらの番組は、別に発達障害を深く理解させようという趣旨ではなく、とっかかりを作るために制作されているように見える。アニメや歌、BGMなどを演出まで含めて「普通ってなんなの?」という問いかけをしていて、その問いかけに、幼い娘が反応しているのだ。
社会に少しずつ障害というものが伝わり始めているのに合わせ、私たちがやってきた「ごちゃまぜ」も浸透してきていると感じている。3年前にたまたま「ごちゃまぜ」というひらがなの言葉が生まれ、それを愚直に3年間積み重ねてきて、そこで知るきっかけを得た子どもたちが、きっと「パパ、ごちゃまぜってなに?」なんて、親に質問してくれているのではないだろうか。その子どもたちからの問いかけは、きっと親御さんにも効いてくる。これはぼく自身が親として実感していることでもある。他の親御さんもぼくと同じように、子どもから学び、「ごちゃまぜ」の世界に入ってきてくれているのではないだろうか。
−様子見から期待感へ
ここ数年のごちゃまぜの活動を少し振り返る。正直、これまではやるだけで精一杯な状況だったが、今年あたりから、参加してくれた人たちの反応を聞いたり、じっくりとアンケート調査できるようになってきている。それらを見ると、質の部分でも効果が出てきているように感じている。ようやくそういうレベルにまで組織が育ってきた。絶対的に言えるのは関わってくれる人の数が本当に増えてきたということ。活動当初から「ハブ」になれたらいいなって思っていたが、地域からの見られ方も「様子見」から「期待感」に変わってきている。それに伴って、ぼくたちのアプローチも変わってきた。これまでは「一緒にやらせてください」と自分達から訴えてきたが、今は外部の組織から「一緒にやりましょう」と言ってくれるようになった。これは大きな成長だ。
さまざまなボーダーを緩やかに消し去る「ごちゃまぜ」のイベント
自治体からの依頼も増えてきている。しかも、障害福祉という領域だけではなく、ユニバーサルデザイン、地域づくりの領域に「ごちゃまぜ」の企画が入ってきたという感じなのがまた良い。実際、今やっている金澤翔子美術館のイベントも、いわき市の方から「来期もやりたい」と好意的な声を頂いている。最初は「ごちゃまぜイベントってなに?」というようなリアクションだった。実績がないので当然のリアクションかもしれない。けれども、2回目のイベントくらいから「いい感じですね」、「こういうことだったんですね」というような反応が来るようになった。企画の趣旨の深いところまで、美術館の方や市の職員の方が理解・共感してくれるようになったということだろう。
いろいろなバックグラウンドを持つクルーも増えてきている。初めてこの業界に来る人だけでなく、地域の福祉法人や事業所からの転職組も増えてきた。例えば、もっと地域のハブ役になりたいんだと、今勤めている事業所を辞めて転職してくれるという人もいる。既存の福祉だけではなく、地域に広がりをもたせたいという人たちがソーシャルデザインワークスを選んでくれるようになったのだ。これは素直に嬉しく思っている。
−より、社会へアプローチする
クルーの自立性が高まったこともあり、拠点ごとの特徴が顕著に出てきた。いわき店は、地域との関わりを増やしたことで利用者が増え、現在「入所待ち」のような方も出てきているほどだ。これは早期に改善しないといけないとは思いつつ、そこまでソーシャルスクエアを選んでくれる人が多くいるのかと素直に嬉しくもある。いわき店より歴史の浅い西宮店や、間もなく完成する熊本店も、いわき店に続くように、福祉の精度を高めることに加え、地域との協働も増やしていかなければいけないと思っている。
社会に出る、戻るための「窓」になってきた、ソーシャルスクエアいわき店
利用者に対する福祉サービスの質の向上と、地域への働きかけは、ソーシャルデザインワークスの両輪だ。現場の福祉だけ見ると目の前の人たちへの支援に傾倒してしまいがちだが、それと同じくらい地域へのまなざしも持っていなければ、ごちゃまぜの社会形成には繋がらない。なぜなら、ソーシャルデザインワークスのミッションは、社会をデザインしていくことだから。
法人の立ち上げ当初は、いわきでも「そんなことやっても意味ないよ」といろいろな方から言われたのを思い出す。しかし現実には、地域への働きかけをやってきたからこそ、「ソーシャルスクエアなら自分の人生の新しい第一歩になるかも」という思いで私たちを選んでくれる人が増えてきている。地域へのアプローチは、今後も強く意識していかなければならない。
結局、自分たちだけがやっていれば良いというのでは社会は何も変わらない。ぼくらにはないコンテンツを持っている人、ぼくらとは違った見方で社会を捉えている人たち、つまり自分とは異質な人たちとこそ対話していかないといけないはずなおだ。それを繰り返すことで、これまでとは違った発信の形になり、ぼくたちとは違うアンテナを持った人たちにも届くようになる。理想を言えば全方位的に様々な社会活動をしている人たちとコラボしていくことで、多様な人たちにごちゃまぜの活動理念を知ってもらえるのではないだろうか。
−福祉は拡張する
地域へのアプローチを広げていくと、引っかかる網が広がる。知ることで別の世界が広がり、これまでとは違う人生を歩むことができるのと同じように、法人や組織だって、外部からの働きかけで変容し、これまでとは違った組織に育っていくのではないだろうか。その意味で言えば、専門的な担い手だけではなく、むしろ専門外とつながらなければいけない。社会は私たちが思うよりずっと広いし、様々な人たちで構成されているからだ。
ぼくは、もはやこの福祉の業界において、「個別支援の質」で他の法人と差別化することはできないと感じている。もっと言えば、個別支援の専門性で評価される時代は、もう終わっているとすら考えている。地域の中にこれだけ事業所が増え、株式会社も障害福祉に参入して来ると、個別支援の質は均質化されていかざるを得ない。その時重要なのは福祉外へのアプローチだ。もちろんこれは「差別化」の話なので、決して「個別支援の質を下げてもいい」という話ではない。個別支援の質を高めることだけでは「施設に来てくれる人」しか対象にならない。そうではなく、「家から出ることのできない人」や「そもそもまだぼくたちのことを知らない人」にも働きかけていこう、ということなのだ。
シンプルな企画だからこそ、多様な人たちが交わるコミュニティが生まれる
家に引きこもりがちの方が「ソーシャルスクエアのような施設があるならちょっと行ってみたいな」と思った、その時点で間接的にアプローチできていることになる。つまり、「行ってみようかな」と思ってもらえた時点で立派な福祉なのだ。必要なのは目の前の利用者に対する福祉だけではない、ということでもある。福祉とは、施設外にも広がっていくものだ。これが「拡張福祉」。関わる人、伝える対象がどんどん広がっていく福祉。1を10にするような、専門性を高めていく福祉だけでなく、福祉の概念を広げて0から1を作るような福祉が、今求められているのではないだろうか。
ごちゃまぜイベントも、広い意味で拡張福祉である。利用者や地域の人たちだけではない。楽しみや喜びを感じているのは、働いているクルーも同じなのだ。ポジティブの種のようなものが外部へと広がって、結果的に組織内外への福祉になっていく。ぼくたちの掲げるビジョンである「諦めのない社会」を作っていくためには、この外部へのアプローチが絶対に欠かせない。
施設の外にいる人が、「スクエアに行ってみよう」と思ってくれる。それも福祉だし、そうした外側にいる人たちを巻き込んでイベントを行って、地域の人たちや働くスタッフがやりがいや楽しみを感じてくれる。それも福祉。福祉は、こうしてどこまでも外側に広がって、誰かの幸せを作っていくものであるはず。ならば、ぼくたちはこれからも、拡張する福祉を現場から押し出していかなければならないし、それこそ、2019年のソーシャルデザインワークスの目指すべき方向だと信じている。
(聞き手・構成/小松理虔)
北山 剛(きたやま・つよし)
代表理事CEO/エグゼクティブプロデューサー
1979年福島県いわき市生まれ
東北大学工学部卒業、同大学院情報科学研究科修了
株式会社LITALICO(障害福祉事業会社では唯一の東証一部(現プライム)に上場)の創業メンバーとして26歳で参画。原体験は創業当時に出会ったある男性との対話。交通事故で重度身体障害になり、以降20年近く24時間介護施設で生活し人生に絶望しきっていた男性。その絶望感は本人から生まれたものではなく、周りにいる少ない人間が勝手に諦めることにより生み出されたもの。そして、多様性を拒絶する福祉業界の壁。「障害があっても働きたい意志があるなら、それを何とか実現するのが障害福祉の使命ではないのか?」と自分たちの志を話そうものならバッシング、全否定。これは、誰に何を言われようが若者なりの想いを貫くしかない。想いを実現するまでやり切るしかない。そんなパッションで10年以上にわたり、社会的課題をビジネススキームで解決していくソーシャルビジネスが成り立つことを実績で示す。その後、同社から独立、再びゼロから起業。
NPO法人ソーシャルデザインワークスでは「仲間の幸せをチームで追い求め、諦めない一歩を踏み出せる社会を創る」というビジョンを掲げ、障害のある方や生きにくさを抱える方々に向けた自立訓練・就労支援サービス事業を軸に多様なごちゃまぜの世界観を地域の方々と共創し、全国展開を目指している。
はたらき方の多様性を自ら体現するために2017年〜2020年の3年間、家族と共に南米ペルーで移住生活を送った。