福祉と建築は、ゆるやかに交わる
オープンからおよそ半年を迎えるソーシャルスクエア熊本店。「障害福祉」らしからぬ設計が話題を呼び、じわじわと地域の人たちの居場所になりつつあります。熊本店のデザインを担当したのが、今回紹介する建築家の白須寛規さん。そこにはどのような理念があったのか。福祉と建築が重なる領域はあるのか。ソーシャルデザインワークス代表の北山が話を聞きました。
オープンからおよそ半年を迎えるソーシャルスクエア熊本店。「障害福祉」らしからぬ設計が話題を呼び、じわじわと地域の人たちの居場所になりつつあります。熊本店のデザインを担当したのが、今回紹介する建築家の白須寛規さん。そこにはどのような理念があったのか。福祉と建築が重なる領域はあるのか。ソーシャルデザインワークス代表の北山が話を聞きました。
北山:熊本店の設計、本当におつかれさまでした。そして今日は、このような取材を引き受けて頂いてありがとうございます。今日は、ソーシャルスクエア熊本店の設計をして頂いた白須さんと、福祉と建築についてお話できればと思っています。ぼくもかつては土木建築の人間で、学生時代は都市設計における広場の研究をしていました。福祉と建築、両方に関わってきた人間として、その両方に橋をかけるような議論になればと思っています。
白須:よろしくお願いします。
北山:白須さんとともに進めてきたソーシャルスクエア熊本店が無事にオープンしました。すばらしい場所をデザインして頂いて本当にありがとうございます。改めて、今回のプロジェクトを振り返って、どのような思いがありますか?
白須:今回のプロジェクトは本当に面白かったです。この間も「スクエアフェス」というイベントを見に行ったのですが、子どもたちが走り回っているのを見て、こういう仕事ができてよかったと思ったところです。実際は、企画段階から不安なところはありました。福祉施設って自治体によって条例が出たりしていて、「こうしなさい」というのが明確に決まっていることが多いんです。だから、きっとがんじがらめになると思っていました。ところが、スカイプで北山さんと打ち合わせしていると、ぼくの知ってる福祉施設とは違うなあ、変なこと言ってるぞと思ったんです(笑)。実際にいわき店を見せてもらって、全然「こうしないといけない」というのを感じず、これならやれると思いましたね。
北山:ありがとうございます。狙い通りですね(笑)
白須:福祉施設ならこうしなさい、と言われるけれど、それは利用者さんの気持ちではなく管理者の都合だったりしますよね。事故が起きたらまずいとか。ところが、ソーシャルスクエアいわき店は、利用者さんの「こうしたい」という思いに沿っていると感じました。それで、ああ、北山さんはこういうことがやりたいんだなと腑に落ちて、すごく肩の荷が下りたんですよ。もっと自由にやっていいんだと。それがスタートでした。
ご自身が設計を担当したソーシャルスクエア 熊本店でお話を伺いました
ソーシャルスクエア熊本店のメインスペース。様々な要素が組み合わされている
−欠点を、そのままで楽しむ
北山:今回のプロジェクトは物件選びから面白かったですよね。白須さんとぼくが「いい!」と思った場所を、熊本店のマネージャーの緒方さんは「あそこは難しい」と言ってたりして。10年近く放置されてた物件だから無理もないですね。でも、白須さんとぼくは「いいな」と思えた。
白須:ボツになった物件は、新築オフィスを100としたら70点くらいの空間で、ここはこんな風にきれいにしたらこうなるだろうと容易に想像できるような物件でした。ところが、今の物件は、段差はあるし四角じゃないし、そもそも機能的じゃない。点数つけたら10点くらいです。でも、見るからに楽しそうで、アスレチックのような印象もあってポテンシャルがすごくよかったんです。それで、面白い場所を作るのならこの物件しかないと。段差があることや四角じゃないこと、その楽しさをそのまま感じられるような建物がいいなと思って設計にあたりました。
北山:普通だったらバリアフリーにしないといけないかもしれませんが、バリアがありありですからね。それでもちゃんと楽しめて使えるようになりました。でも考えてみると、実際の社会にもいろいろなバリアがあるじゃないですか。だから施設の中だってバリアがあったっていいと思うんです。福祉施設だからバリアはダメではなく、バリアを意図的に「ワクワク」に変えてしまえばいい。そんな思いを、建物で、ハードで伝えたかったんです。
白須:先日のイベントを見に行ったら、子どもが走り回ってたと冒頭で話しましたが、子どもって、大人より空間の認識能力のアンテナが鋭いんですよ。大人は色々なことを考えてしまうから、与えられた機能しか使わない。リビングはテレビを見る、トイレはトイレとして使う、みたいに。でも、子供はもっとストレートに使うんです。ぼくが感じた空間の楽しさを、とてもストレートに感じてくれてた。だからこそ、あの場所で走り回ってくれたんだと思います。福祉施設かそうじゃないかの境界って、運営している人がどういう意図で使いたいかの違いしかない。ぼくは、その差がない施設を考えました。
熊本店でのイベントの様子。子どもたちもたくさん会場にやってくる
北山:そうですね、利用者も運営者も、同じ感覚でワクワクできることが大事ですよね。それは建築家も同じだと思います。世の中にたくさん建築家はいるけど、こうじゃないといけないって方の設計だとしんどいですよ。でも白須さんは同い年だし、同じ物件を見て「ここいいな」って一緒に思えた。だからこそ出来あがってきた図面を見て、スタッフも変わったんだと思います。最初は懐疑的だったのが、ここにこういう場ができるんだ! って驚きになっていく。
白須:そうでしたね、パースを1個描いて見せてみたら、「こんな空間になるんだ」ってマネージャーの緒方さんたちも話に参加してくれるようになりました。
北山:人ってイメージできないものに対しては、一歩を踏み出しにくいですよね。「障害」というものに対しても同じです。だからこそ、見えているぼくたちは伝わるように見え方を変えていかないといけない。やっぱりイメージに落とし込んでいくことが求められる。パッと見えるものにすることで人は変わっていく。福祉事業所に地域の子どもたちが来てくれたのは、そのイメージを受け取ってくれたからだと思うんです。
白須:もうひとつ面白いことがあって。会場にいた子どもがお母さんに電話していて、「なんか来てもいいみたいだよ」って言ってたんです。そのあと、お母さんに「そこってなんの場所?」って聞かれて「うん、わかんない」って答えてて、それがいいなって思いました。大人って、そこがどういう場所なのか名前がないと気が済まない生き物だけど、子どもは、そこの空間の体感的な良さを伝えようとしてる。
北山:熊本店は2階にあるので子どもたちも来にくいかなって思ったら、「来てもいいっぽい」って、すごくいい反応ですよね。子どもが「なんか分かんないけどいい」と思ってて、「来てもいいっぽいから来なよ」って、それで大人が後から追いかけてくる。そういうの、最高ですね。
対人サービスだけではない、環境による拡張福祉を模索する北山
畳の敷かれた小上がり。ゆっくり横になることもできる
卓球台の奥には「青」のスペースも。どこかしらに居場所を見つけられる
−想定外が楽しさの余白を作る
白須:何かをしちゃいけない空間って雰囲気に現れてくるものです。子どもはそこで怒られてしまうことを感じちゃうんですね。福祉施設って、これはぼくのイメージですが、なんていうか、何かができない人が来るから、そのできない何かを補うために、フラットな場所に色々とオプションをつけてしまうみたいなところがあります。変に優しい空間になってしまっているんですよ。そういう場所だと、子どももやっちゃいけないことを感じ取ってしまう。
北山:うん、わかります。
白須:だから、他の可能性が見えなくなって、当初から想定される「こう使おう」というのを超えないんです。ところが今回の熊本店は、「これはダメ」というものがない。そのうえで空間が面白いので、「こんなこともできるかも」っていう可能性が広がっていって、それぞれが見つけられるような場所になっていました。
北山:こういう場だよって明確な目的性を持ってしまうと、自由な発想は生まれにくいですよね。淡々としちゃう。熊本店は、自由で楽しいしつらえにしているので、新しい人たちが来るなかでまた新しい使い方が見えてくる気がします。働いているクルーからも、「あんなこともやってみたい」って自由なアイデアがちょくちょく出てくるようになりました。いい設計は、スタッフのモチベーションも上げてくれるんです。
白須:そうですね、さっき「肩の荷が下りた」って話しましたけど、まさにそこなんです。北山さんたちは既存の福祉施設ではなく、そういう革新的なことをやりたいんだなということが分かった。もっと福祉のこととか詳しく勉強しなくちゃいけない、場合によってはスタンスも変えないとって思っていました。でも、今までやってきた住宅設計というところでお手伝いができると分かって、それで肩の荷が下りたんように感じたんです。今までと同じように、楽しく、そして居心地がいい空間を目指せばいいんだなと。
北山:福祉って、つまるところ「よりよく生きること」です。だからソーシャルスクエアに来るということ自体が、その人のよりよい人生につながらないといけない。そこで、平均的なフラットな建物に押し込んでしまっては福祉にならないと思うんです。だからこそ、施主さんの人生に向き合う住宅設計をやってきた白須さんのアイデアがフィットしたんだと思います。
カフェのような空間。思わずまた来たくなる、そう思ってもらうこともまた「福祉」
白須:もちろん、建物の規模にもよるということはあります。もし何百人も入る施設になったら、人の数だけ「使いにくい」と感じる可能性もあるわけで、利用者に対するフォローも複雑になります。だから、リスクを冒しにくくなるし、色々なものを「無しによう」と考えてしまう。
スクエアの規模感ならひとりひとりに向き合えるから、もし何かしら使いにくい点が出てきたとしても、クルーに任せちゃえばいいと思いました。ケアやフォローの専門家なんだから、ぼくは余計な心配しないで楽しい空間を作ることに徹しようと。一般的な事業所だったら、ぼくが提案してもリスクを考えてしまってダメになってたでしょうね。こんな段差があったらダメだとか、床が硬いのはダメとか。
北山:ぼくは、それもこれも全部ひっくるめて責任を持って楽しめればいいと思っていました。クルーたちだってワクワクする空間で働きたい。そう思うことが利用者にも伝わりますし。「こんなのダメだ」っていうのではなく、これも楽しいじゃんって思えるからこそ、そのポジティブな感情が伝わっていくんだと思います。
そもそも福祉に資格なんていらないはずで、個性を生かした関わりを通じて、「私がやったことって、もしかしたら本人や家族のハッピーにつながってたのかも」って、それでいい。それに気づいたら福祉の見方が変わっていきますから。そういう福祉をやりたいんです。
白須さん(左)と北山(右)。建築と福祉がクロスオーバーする有意義な議論となった
−そもそもの個性を生かす “福祉的建築”
白須:そう言われて改めて考えると、ぼくはこのプロジェクトを怖がっていたのかもしれませんね。設計という仕事は背負うリスクが大きいので、完成までの期間が短くなるほど、企画が大きくなるほど、「これは自分の領域じゃない」と線を引いてしまうものです。思い切ったこともしにくくなります。けれど、ソーシャルデザインワークスのように手を引いてくれる人がいると、アプローチが変わるんです。こんな風に自分のやりたいことをやらせてもらうって、そうないですよ。
北山:そうですね、それに今回は中古の物件だったので、新しく作るよりもちょっとハードルが高い。それを面白がれないと・・・。
白須:今後、日本では新築物件が建てにくくなり、中古物件のリノベーションが増えていくはずです。中古物件ですから、どこかしらに欠陥があったりする。それを個性と認めて高めていくのがクリエイティビティだと思うんです。今、大学でも教鞭を執っていますが、新築を目指す教育から、どう建物の個性に合わせていくのか、福祉的な建築教育が問われているのかもしれません。
この間、熊本に行った時、北山さんから福祉の歴史などをレクチャーしてもらいましたよね、あれ、めちゃくちゃ面白かったですよ。絶対に設計してる人間は聞いた方がいいと思いました。福祉のラディカルさは、建築に色々な刺激を与えてくれるはずです。北山さんも、ぜひ大学に教えに来て欲しいですね。
北山:そうですね、福祉の話が建築になったり、建築の話が福祉になったり、面白いと思います。ぼくならもう少し建築に突っ込んだ話もできるかもしれないし。
白須:ほんと、つながりますね。難しい物件だなと思いつつ、そこの良さを出していく。障害のいいところ、悪いところも引き受けてオリジナリティを出していくというところで、建築と福祉は強くつながると思います。実際、熊本店の天井や壁って、経年変化でバキバキになってるんですよ。けれど、それがかっこいい。今までの建築って、そういう経年変化や劣化した場所を隠すのがいいと思ってしまった。でも、ありのままがカッコよくて美しいんだって、そういう価値観を大事にしたいですね。
夜は夜でまた別の雰囲気に。地域に開かれているからこそ、自立を支援できる
北山:そうですね。でも、そういう感覚ってまだまだ知られてないですよね。それは障害も同じで、障害は「隠したいもの」になってしまうんです。子どもに障害があったら家に隠しておきたい、家にいればいいんだって思ってしまう。だからこそ、ぼくたちは今までにない価値観を発信してるつもりだし、何かしら気づいてくれる人がいればいいし、それで人生の一歩が変わる人がいればもっといいなと思っています。欠点を隠さなくていい建築が広がることで、それが人にも当てはめられていくといいですよね。
白須:そうですね。
北山:自立訓練のように家から社会に出るフェイズって、人から受ける影響よりも場の力の方が圧倒的に働くんです。なかなか人と話せない、人に近づかれたくない、そういう状態だと、人ではなく環境からの影響を受けやすい。だからデザインや設計はとても大事なんです。
白須:なるほど。その点、熊本店はいろいろな箇所があるから自分の居場所を見つけやすいかもしれません。欠けてる壁もあるし、クロスのところもあるし、色が真っ青な空間もあります。日当たりのいいところもあれば、悪いところもある。すっと逃げ込めるような場所もあります。同じ空間のなかに「空気はつながってるけど場所の認識としては切れている」というような場所があるんです。個性的な物件だったからこそできました。つるつるの空間だったら、色々とやるべきことが増えていただろうし。
北山:そうなんですよ、だから建築と福祉はとても相性がいい。それに、前から感じていましたが、白須さんの建物への向き合い方って、ぼくたちの人への向き合い方とまったく同じです。建物の特徴を「欠点」ではなく「個性」として捉えて、その個性の価値を膨らませようとする。それってすごく福祉的だと思いますし、福祉って、そうやって「それも福祉だ」って拡張していくものだと思うんです。建物への向き合い方、人との向き合い方がクロスオーバーするような場が、日本中に広がっていったらいいですね。
白須:そんな建築を、北山さんたちと実現できて本当に良かったと思います。今日の話、次回は、ぜひ学生にも聞かせてやってください。
白須 寛規(しらす・ひろのり)
1979年京都府生まれ。建築家。大阪市立大学大学院生活科学研究科修了。2010年に独立し、design SUを設立。2013年よりシェアオフィス上町荘の代表を務める。2019年より摂南大学理工学部建築学科の講師として後進の指導にあたっている。
北山 剛(きたやま・つよし)
代表理事CEO/エグゼクティブプロデューサー
1979年福島県いわき市生まれ
東北大学工学部卒業、同大学院情報科学研究科修了
株式会社LITALICO(障害福祉事業会社では唯一の東証一部(現プライム)に上場)の創業メンバーとして26歳で参画。原体験は創業当時に出会ったある男性との対話。交通事故で重度身体障害になり、以降20年近く24時間介護施設で生活し人生に絶望しきっていた男性。その絶望感は本人から生まれたものではなく、周りにいる少ない人間が勝手に諦めることにより生み出されたもの。そして、多様性を拒絶する福祉業界の壁。「障害があっても働きたい意志があるなら、それを何とか実現するのが障害福祉の使命ではないのか?」と自分たちの志を話そうものならバッシング、全否定。これは、誰に何を言われようが若者なりの想いを貫くしかない。想いを実現するまでやり切るしかない。そんなパッションで10年以上にわたり、社会的課題をビジネススキームで解決していくソーシャルビジネスが成り立つことを実績で示す。その後、同社から独立、再びゼロから起業。
NPO法人ソーシャルデザインワークスでは「仲間の幸せをチームで追い求め、諦めない一歩を踏み出せる社会を創る」というビジョンを掲げ、障害のある方や生きにくさを抱える方々に向けた自立訓練・就労支援サービス事業を軸に多様なごちゃまぜの世界観を地域の方々と共創し、全国展開を目指している。
はたらき方の多様性を自ら体現するために2017年〜2020年の3年間、家族と共に南米ペルーで移住生活を送った。