ソーシャルデザインワークス 会社設立2周年を迎えて
2015年11月11日に、ソーシャルデザインワークス株式会社は会社設立2周年を迎えました。2周年を迎えるにあたって、現時点で考えていることを述べさせて頂きたいと思います。
みなさん、こんにちは。代表の北山です。
2015年11月11日に、ソーシャルデザインワークス株式会社は会社設立2周年を迎えました。無事に2周年を迎えられたこと、大変嬉しく思います。関わる全ての皆様に厚く御礼申し上げます。
2周年を迎えるにあたって、現時点で考えていることを述べさせて頂きたいと思います。
障害者=社会的弱者?? という意識を強く感じた体験が、前職創業時の2005年、仙台でありました。同じ人間なのに、自分の人生を自分で決められない、周りの福祉職員がすべてを決めてしまうことが当たり前の障害福祉の世界を垣間み、驚愕した記憶があります。
障害のある子どもを産んだ母親が「ごめんなさい。こんなお母さんを許してね」とか、障害のある子どもを持つ父親が「この子は何もできないんだから家に居た方がいいんだ」とか、親御さん全員ではないにしろ、何度も似たような言葉を耳にする機会がまだまだあります。
私は、障害のある子どもを持つ親御さんが、こうした意識を持ってしまう「社会環境」のほうへ疑問を抱いています。その子は悪くないし、親ももちろん悪くない。障害のある人間の未来に希望を持てない、諦めの気持ちが先行してしまう今の「社会観」が問題なのです。
分離教育の弊害を乗り越えるために
正直、障害者って怖いよね? という方が、一般的には多いかもしれません。障害の有無によって教育制度が分けられる「分離教育」の弊害が、そこには表れています。幼少期の価値観形成過程では健常者と障害者が分離されていたのに、いざ「働く」という段階になると、いきなり障害の有無にかかわらず同じ枠組みのなかで共生していかなければならない。それが現在の日本です。法律においても、障害者雇用促進法にもあるように、「雇用率2.0%」が一般企業には義務として定められています。
分離されていたから知らない、分からないのは当然です。分からないことは怖いし、恐れを感じてしまうのも当然。これは、人間の本能として当たり前の感覚だと思います。でも、分からないままで本当に良いのでしょうか? 今から出来ること、私だからこそ出来ることは何だろう? 私たちはそう考えました。
・前職経験を活かした障害者就労支援事業により、直接的に、はたらくを諦めない社会を創っていくことができるかもしれない。
・ベンチャー的思考と行動力により、既成概念にとらわれずに、自由な発想で、まず、やってみる!ことができるかもしれない。
・地元いわきでの事業所ソーシャルスクエアの開設と積極的な発信により開けた場を創り、地域の方々に知って頂くことができるかもしれない。
・理念やビジョンをしっかりと打ち出していくことにより、賛同して頂ける仲間を見つけて増やしていくことができるかもしれない。
障害福祉のことを障害福祉の方々のみでやっていくだけでは、本当の意味でのダイバーシティ、多様性のある社会を創っていくことは難しいのではないかと感じています。だから、私は障害福祉のことを、障害福祉のことだと捉えない方々をたくさん巻き込んで社会を変えていきたい。そのためのソーシャルスクエアというリアルな場、並びにSOCIALSQUARE.LIFEという情報発信の場を創っていきたいと考えています。
実現したいのは、ごちゃまぜの世界観
私たちソーシャルデザインワークスの理念は『全ての仲間の幸せを追求すると共に、諦めのない社会を創る』です。
さらに、私たちの事業成果として掲げていることは
1、一人でも多くの生きにくさを抱える方々の就職と職場定着
2、地域社会の障害への理解・啓発、障害有無に限らず多様なごちゃまぜの世界観の形成
3、幼少期の障害体験教育による価値観形成、10年後、20年後の社会観変化への寄与
この3つです。
地元いわきで、地域全体が自然に障害福祉に関わってしまうような、自然に障害の有無を意識しなくなるような、当事者やご家族が生きやすくなる、あるいは、引け目を一切感じなくなる社会。そんな社会を「ごちゃまぜの世界観」としてしっかりとカタチづくり、全国に発信・伝播していきたいと考えています。
具体的には、老若男女、大人・こども、年齢、性別、障害有無関係ない! みんなで楽しめるイベントでゆるい交流をどんどん仕掛けていきたい。これは、障害福祉を変えていく方法の1つだと思っています。
第1弾は、先日開催した「ごちゃまぜ遠足&芋煮会 in 廃校」ですね。いわき市の過疎地区の廃校となった三阪小中学校を教育委員会から借りて、地区のおばあちゃん、高校生たち、市内の有志がたくさん力を貸してくれて実現できました。
いかにも「THE福祉」的な取り組みではなく、その地域にとって大事なことを、その地域の人たちが協力しあって取り組んでいって、その中の多様性の1つとして「障害福祉」のステークホルダーも自然に混ざっている。「福祉のために。障害者のために」という要素は限りなくゼロでカタチつくっていきたいと考えています。
偽善でも自己犠牲でもなく、自分たちも楽しめて、周りの人たちも楽しめて、その中に自然に障害のある方も混ざってて、大人も子供も混ざってて、そんな社会を創っていきたい。
いわきには、そのポテンシャルが十分にあると、最近手応えを感じています。一歩踏み出せていなかったのは未来のイメージが湧いていなかっただけかもしれません。今、たくさんの熱い方々と出会えて、とてもありがたいですし、とても幸運です。既成事実を創って、どんどん変えていけると思っています。
先日のごちゃまぜイベントの中での子供達を見ていて、私たちが創っていきたい世界観がそこにはありました。
大人が勝手に正しいと思い描く未来と、子供達が自由に創っていく未来と、どちらか1つではなく、どちらも広がっていくきっかけ創りをしていきたいと感じました。
達成したいことは、たった1人でできるものではありません。いろんな方々に頼って、協力してもらって、少しずつ地道に成し得ていくこと。一朝一夕には実現できないことだからこそ挑戦し甲斐があると思っています。
これからも、私たちソーシャルデザインワークスを何卒、よろしくお願い申し上げます。
(代表|北山剛)
北山 剛(きたやま・つよし)
代表理事CEO/エグゼクティブプロデューサー
1979年福島県いわき市生まれ
東北大学工学部卒業、同大学院情報科学研究科修了
株式会社LITALICO(障害福祉事業会社では唯一の東証一部(現プライム)に上場)の創業メンバーとして26歳で参画。原体験は創業当時に出会ったある男性との対話。交通事故で重度身体障害になり、以降20年近く24時間介護施設で生活し人生に絶望しきっていた男性。その絶望感は本人から生まれたものではなく、周りにいる少ない人間が勝手に諦めることにより生み出されたもの。そして、多様性を拒絶する福祉業界の壁。「障害があっても働きたい意志があるなら、それを何とか実現するのが障害福祉の使命ではないのか?」と自分たちの志を話そうものならバッシング、全否定。これは、誰に何を言われようが若者なりの想いを貫くしかない。想いを実現するまでやり切るしかない。そんなパッションで10年以上にわたり、社会的課題をビジネススキームで解決していくソーシャルビジネスが成り立つことを実績で示す。その後、同社から独立、再びゼロから起業。
NPO法人ソーシャルデザインワークスでは「仲間の幸せをチームで追い求め、諦めない一歩を踏み出せる社会を創る」というビジョンを掲げ、障害のある方や生きにくさを抱える方々に向けた自立訓練・就労支援サービス事業を軸に多様なごちゃまぜの世界観を地域の方々と共創し、全国展開を目指している。
はたらき方の多様性を自ら体現するために2017年〜2020年の3年間、家族と共に南米ペルーで移住生活を送った。