【書評】「知」のソフトウェア

新連載!ソーシャルスクエアへ通うメンバーさんによる書評・「生きづらさ」をかかえる、わたしたちが選ぶBOOKS。ここでは敢えて新刊に絞らず「生きづらさをかかえている方々の視点」で選ばれた本の紹介と、その内容について、筆者が感じたことや参考になったこと、思ったことを書き綴っていただいています。生きづらさをかかえるかたも、そうでないかたも、ぜひ次の一冊の参考に。

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「知」のソフトウェア』 立花隆 著

※新装丁になる前のものを使って書いているため、引用部分のページ番号が違っている可能性があります。

この本は、1983年に雑誌に連載されていたものをまとめた本である。そんな昔の本をなぜ今更取り上げるのかとお思いの方もいるかもしれない。個人的な話をすると、私が文章を書いたり、本を選んだりするときの原点と言えるジャーナリストの書いた本だからということに尽きると思う。著者の書いた「宇宙からの帰還」は、私の好きな本のベスト5に入るし、著者が書いた本なら、難しい内容の本でも理解できた。著者の本を紹介したいと思って、数ある著作の中から悩んだ末、情報があふれる今だから読み返したい本として、本作『「知」のソフトウェア』を選んだ。

紹介する本作は、多様なメディアが発信する情報を収集・整理・活用するための考え方や技法、アウトプットするときの文章表現の方法を一冊にまとめたものである。前半に書かれている収集・整理については、新聞が中心なので、時代には合ってないのかもしれない。最近は、この本が書かれた頃とは違って、情報の受け取り方が多岐にわたるためである。SNSから受け取る情報について書かれているわけでもない。しかし、情報処理能力が問われる現在だから、一度立ち止まって過去に学ぶ必要があると思った。

この本に書かれているように

「他人の経験を学ぶことが往々にして役に立つ」(ℓ10)

からである。

それに著者は、今、何かと話題の文春砲を放つ文藝春秋社で働いていた過去を持つ。現在、よく話題にのぼる文春砲については、私は興味がないため週刊誌を買ったこともなく、はっきり言ってよくわからない。そんな中、この本は、メディアが発する情報に対して、どういう態度で受け取るべきかが、明確に書かれている。その心構えについては、古くなっていないと思う。

 

本との出会い

この本で私が取り上げたいと思ったポイントは、2つある。

1つめは、本について考えることである。2つめは、懐疑の精神についてである。

まず本について考えてみようと思う。著者は、文藝春秋社を本が読みたいからという理由で退社している。著者は「知の巨人」と呼ばれ、様々な本を読んでいるのが、他の著作からもわかる。まさに本を読む専門家だと思う。特に「立花隆の書棚」という本をどこでもいいので、一度見てもらえると、著者の読書量の凄さがわかると思う。いつかこの本を買いたいと思っているのだが、まだ手にしていない。手に取ると、買うことに勇気がいるほど重い。

私が、最近思うのは、本との出会いは一期一会だなということである。特に、町に本屋さんが減って、見つけたときに手に入れておかないと、次は出会えないことが多くなっている。出版される本の数に比べて、売り場が少ないので、新しい本にすぐに入れ替えられてしまう。ネット販売は発達しているが、出会う本の数は明らかに減っている。

昔、本作を読んだときに、著者の言う

「自分で読む本ぐらい自分で選んで、自分で買って、自分の手もとに置き、好きなときに好きなように読むべきである」(ℓ91)

という言葉を信じて、私は、本をとにかく買った。今は、経済的理由もあり、古本屋が頼みである。電子書籍という手もあるが、私には合わない。どうもページをめくる速度と読むスピード合わないようだ。

 

読みたい本を読めばいい

 

著者の文章は、とても読みやすい。専門的な知識を述べながら、これだけわかりやすく書けるということは、頭の中で、どの情報が大切かきちんと整理されている証拠だと思う。

そんな著者は

「いい文章が書けるようになりたければ、できるだけいい文章を、できるだけたくさん読むことである」(ℓ156)

と言う。SNSなどが発達し、短文でも長文でも文章を書く機会は増えてきているのかなと思う。だけど、著者の文章ほど読みやすいものはない。

著者は、さらにどうやっていい文章か見分けるのかという問いにこう答える。

「自分がいい文章だと思えばそれでよい。多くを読むうちに、判断基準は自らレベルアップしていくだろう」(ℓ157)

と言う。
私も本を読むのは好きである。でも、私は、本を読むときに、合う文章と合わない文章があるのがある。そんな私が名著というものでも読み進められないとき、自分に言い訳する。だって立花隆が、「わからないところをわかろうと努力して考え込むことはしないほうがよい」(ℓ97)と言ってるんだから、読めなくても大丈夫と。それほどの影響を私に与えた人なのである。だから、私の本棚に残った本は、今読んでも、なるほどと思う自分の趣味が反映されている。

 

もしかしたら本を読むのが嫌いな人もいるかもしれない。そんな人は、自分がつまらないと思う本を無理矢理読んだ人なのではないだろうか。純粋に本を読む喜びを感じる機会はあるだろうか。私は、前述した「宇宙からの帰還」を読んだときの衝撃が今も忘れられない。中央線に揺られながら、降りるのも忘れそうなぐらいに、夢中になっていたのを思い出す。

これだけ沢山の本が世の中にあるのだから、きっと運命を変えるような素敵な本との出会いを探してみるのも悪くないのではないか。1冊ぐらい手元に置いて、読み返せる本に出会えるといい。

大事なのは本の内容がわからないとき、

「自分の頭が悪いせいだなどと早合点しないこと」(ℓ101)

なのだ。目の前にある本が読むに値しない場合もあると著者は言う。1冊開いてみただけで本を読むことが好きではないと判断してしまうのはもったいない。自分に合う本との出会いはきっとある。無理して読みたくない本は読まなくていい。価値のある本なのかどうかは、自分で決めるのだ。私は、あなたが本を読むことを嫌いになってほしくない。自分に合った本を読むことは、本来とてもワクワクすることなのだから。

 

情報ノイローゼにならないために

ここからは、2つめの最終章にある「懐疑の精神」について取り上げたいと思う。今の時代に凄く参考になると思う。

「世の中には、想像以上にガセネタが多い物である」(ℓ216)

いきなりこう始まる。週刊文春で働いていた著者が言うから、そこに真実もあるのだろう。

全てを疑えとは言うけれども、世の中が全部ウソだと思ってしまったら、きっとすぐ隣にいる人の発言まで疑ってしまう。著者もそれはわかっているようで、

「懐疑の精神といっても、日常生活において接するありとあらゆる情報をいちいち疑っていては、ノイローゼになってしまう」(ℓ216)

と言う。

情報があふれる社会の中で考えるべきなのは、それはどこから得られた情報なのかという基本的な部分を知ることである。情報を扱う基本となる考え方がある。私は学校で習った。今、また振り返ってみるのもいいのかと思う。

「自分が目の前に現実を見ている状態を、感覚器官を経て<一次情報>を得ている状態とせよ。現場にいた人から現場の情況を聞くのは、<二次情報>である。何か事件が起き、記者が現場に行き、現場にいた人から聞いた情況を報道するとき、記者が得た情報は二次情報だが、報道された情報は<三次情報>である。記者の情報が一度デスクの手元にあがり、そこで加工されたりすれば、<四次情報>になる」(ℓ218)

関わる人が増えるにつれ、段々に情報の質は落ちることになる。一次情報が確実かというとそうでもないと著者は言う。では、どうしたらいいか。

「情報の吟味の基本は、その情報の出所を考えることである」(ℓ226)

 

最近のネットニュースなどを見ると、常に編集されて、どこが情報の出所かわかりにくい。本人が発信したものでも、都合の良いように編集されたものもある。それに、著者の言うように、

「信じたいことなら、未確認情報でも、つい真実だと思い込んでしまう。逆に、信じたくないことなら、なんとかしてその情報が真実ではない証拠をさがそうとする。誰でもそうした偏見から百パーセント逃れることは難しい」(ℓ217)

 

真実に見えても、そこには、自分の主観が入る。いかにもっともらしく書かれたものでも、編集されていくと、そこに取り上げた人の意図があり、一部を抜き出された情報なのである。情報があふれている中、自分で正しい情報を受け取ることをずっと考え続けていくしか解決方法はないようにも思う。

情報の扱い方について取り上げてみたけれども、どうしたら、誤解のない情報に触れられるかというと、直接コミュニケーションを取ることが大切なのかと思う。相手の話を聞くときも、相手の気持ちを想像しながら聞くのである。さきほどのように先入観を持って聞くと、真実から遠のいてしまうのかもしれない。

 

自分で受け取る情報をコントロール

最後にこの本を読み返して、一番感銘を受けた言葉をお届けしようと思う。

「重要なのは、そこに何が書かれているかではなく、何が書かれていないかをよくよく考えてみることである。何が書かれていないかを見抜くことは、なかなか難しい。修練を必要とする」(ℓ114)

もっともらしく書かれたものより、そこに何が書かれていないか考えてみると、物事の本質に近づけるのではないだろうか。誰かの意図することがきれいにまとめられたデータよりも、想像力を持って、書かれていないことについて考えてみると、また新たな真実に近づけるのかもしれない。そこ大事なものが転がっていたりするのかなとこの本を読み返し考えた。

この本をまとめるのには、凄く考えさせられることが多かった。すぐに情報にアクセスできる状況になっているから、すぐに信じてしまいがちになるが、誰かの発言を聞いて、一喜一憂するより、懐疑の精神を持ち、「本当か?」と考えることは忘れたくない。

身近な人の発言でさえ、物凄くあいまいなものだから。誰かの発言で傷つく前に、情報の正確性について考えてみるということもますます必要な社会になってきたと思う。

この本は、昔の本だが、ここに紹介した他にも入門書の選び方なども書かれているので、勉強になると思う。

不確かな情報に振り回され、右往左往して、どの情報を信じたらいいかわからないと困ってしまい、巷にあふれる情報量に疲れ、情報を整理したいなと感じている人に勧めます。

(書評ライター:とまと)

 

 

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